Life Style Concierge の プライベート版
こちらはプライベートな記事を中心にしています。
私の憂いの出来事も皆様には幸運のきっかけに。
コメント、TBは受付しておりません。〜楓より〜
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李賀

Li He

 
わたくしがもっとも関心のあるのが、この「李賀」です。彼の才能よりも人物像に興味があります。パガニーニのように指に特徴がある李賀。パガニーニは指の関節が長く、李賀は爪がとても長かったと伝えられています。

この「李賀像」にもみられるように、李賀は左右の眉毛は一文字につながっていたといいます。これは心にゆとりがないことを示します。他人への許容範囲はこの眉と眉のひろさなんですね。

wiki によると 19歳の頃に父の諱の一字である「晋(シン)」と進士の「進(シン)」が同音であることから、諱を避けて進士になるべきではないと科挙の受験を拒まれたそうですが、14歳で名声を得て、17歳にして韓愈の庇護を受けていた李賀。

元稹との確執は、李賀に会いにきた元稹へ、家僕に命じて「明経(元稹が明経第一の及第者であったため)何事あって李賀をみるか」と問わせ、憤慨させたところからはじまります。

李賀は個性も激しく、また自尊心も高く、自分で自分を破滅させていく人。絶望の淵から強く恨みながら、才能を詩に投じていったのですね。

27歳で亡くなった李賀ですが、失意のまま最初に帰郷した頃、母親は日々の李賀を見ているうちに、「この子は死んでしまうだろう」と恐れていたそうです。

激しい気性と消極的な人とのかかわり。

この世のすべてが悪意に満ちているという境地に陥るのです。でも、こうした心境になるのは李賀だけではありません。

あまりにも思いがけない負の出来事が重なれば、私たちもきっとそういう気持ちになることでしょう。それを跳ね除け、そして這い上がることが李賀にはできなかったのでしょう。

その這い上がって勝利をつかむことより、いっそうに奇怪な物の怪、妖怪、超常現象への描写に力を注いだのだと思います。

生きているうちに「理不尽」だと思い続けていた李賀。

李賀の才能を尊びつつ、李賀の比類のない自負心に驚かざるを得ませんでした。

李賀 天上揺
李賀 七夕
李賀 河南府試十二月樂詞·七月
/ 16:52 / 李賀 / comments(0) / trackbacks(0) /
李賀 七夕
別浦今朝暗 羅帷午夜愁
鵲辞穿線月 蛍入曝衣楼
天上分金鏡 人間望玉鉤
銭塘蘇小小 更値一年秋

別れの浜は 朝だというのに この薄暗さ その夜の帳が下りる頃 この一人身を呪う
天に願いを届けるために 七つの針に五色の糸を通したあの日の月明かりの下
銀河の架け橋の鵲たちも その月へと帰っていく 
衣を日に干した高楼に 咲き終えた花びらが無残に散り舞い上がる
天上では黄金の鏡を二つに割る その上限の月を地上では玉の鉤だと眺めている
それをあの方の革帯を止める玉鉤だと眺めている
わたくし銭塘の蘇小は  この一年をまた迎えるのです

私はこの李賀の掛詞に関心があります。玉鉤は七夕の日の上限の月を示しながら、男性の革帯を止めた玉鉤の意味も込めている。

李賀はたんに美しい言葉を選んで詩をつくったのではありません。独自の視点を言葉に凝縮をしたからこそ、耽美、そして怪異で絶望的な幻想の詩が生まれたのです。

そうすると、この「七夕」は、年に一度の逢瀬の儚さを詠っているわけではなさそうです。

「革帯を止めた玉鉤を、はやくはずして抱いてくださいな」と切望している女性の性への執着を詠んでいるのではないでしょうか。

この詩で、蘇小小と名乗った女性は、李賀は「蘇小小の歌」でも彼女を詠っています。蘇小小は亡くなった両親の財産で暮らしていました。裕福で美しい蘇小小の周囲はいつも若い青年たちで賑やかです。こうして銭塘の名妓になります。

蘇小小は、李賀が詠んだように一人の男性を待っている女性ではなかったのですが、その生涯のうちに阮籍との恋愛があり、彼の父親に反対されて、待てども待てども阮籍と会うことができず、そのまま病に倒れる時期がありました。

李賀はその当時の蘇小小を、この「七夕」や「蘇小小の歌」で詠んでみたのでしょうか。

阮籍のあとも、多くの男性に愛され、賑やかな生活を送った蘇小小です。それでも結局は病で若くして亡くなります。

「銭塘蘇小小の墓」を建てたのは、蘇小小が科挙の試験を受けるという鮑仁に旅費を用立てたところから、蘇小小のお葬式に駆けつけた鮑仁によるものです。

別浦 今朝暗く
羅帷 午夜愁う
鵲は 線を穿つ月を辞す
蛍は 衣を曝す楼に入る
天上 金鏡を分ち
人間 玉鉤を望む
銭塘 蘇小小
更に一年の秋に値う

李賀 天上謡 はこちら
/ 14:27 / 李賀 / - / - /
天の川 
矢野のおじさまへ

とてもモダンで品のあるお顔立ち。お若い頃から多くの女性になで愛されていたと聞いてますよ。大好きな海での思いがけない一瞬が、あの東北地方太平洋沖地震の前日のこと。

犠牲になられた方々や行方不明の方々を、 「まだ来るのは早いですよ。」といって、この世に送り返してくれるような矢野のおじさまのご性分。

どうぞ、まだ身体がしっかり残っている方々の魂をこの世に戻してくださいな。

79歳と聞いて、まだお若いと感じたのは、楓が中高年に差し掛かったからなんでしょうね。しじみをいつもキレイに洗って、砂だししたものを送ってくれました。

主人達がもしかすると遊びに来るかもしれないと、海へ出かけて「どのあたりがよいか」と見ていたところ、思いがけない一瞬。一命を取りとめたのは最後の強運。それでも15日には永眠することをお選びになったのでしょうか。

驚きました。

主人をはじめ、友人のalei や sai を我が子のように可愛がってくれていましたね。そして私のことまでを、一番嬉しい表現で褒めてくださった。

矢野のおじさまは、もう三途の川を渡ったのでしょうか?私の母は3年前に渡り、もしも私の母にあの世で会ったなら、文学や絵画のことから銀器や食器のお話など、和やかにお話することができると思います。

時々、天の川が三途の川なのかなと思います。矢野のおじさまも、天の川に行かれたのでしょう。

河南府試十二月樂詞·七月(李賀唐詩)

星依雲渚冷 露滴盤中圓
好花生木末 衰濬ザ園
夜天如玉砌 池葉極青錢
僅厭舞衫薄 稍知花簟寒
曉風何拂拂 北斗光闌干

天の川の波打つ渚を 星がくるくると廻り 冷たい輝きを放つ
天から沸く甘露を 承露盤に集めた 玉の滴
芙蓉の枝に 花は美しく咲き始めた頃
瀝の花は朽ち果てていくのを愁えていた
夜空は玉石を敷き詰めたように厳かに輝いている
青銭の如き蓮の花は いよいよ大きくなる
舞の単衣の袖は そろそろ時季が移り去り
花むしろも 日に日に冷たく感じられる
明け方の風は 音をたて吹きすさぶ
北斗星は 斜めに傾きながら きらめき輝いている
(楓の意訳)

李白は天才、白楽天は人才、そして李賀は鬼才。その鬼才の李賀の「河南府試十二月樂詞·七月」です。

承露盤は不老不死のために備えられたもので、武帝の時代です。武帝の不老不死の幻想を、武帝の宮中の庭に咲く花を譬えてを李賀は詠んでいます。

いま三月。三月の星は・・・。

北斗闌干南斗斜
北斗星はきらめき輝き、南斗星は斜めに傾きながら光っている。

明け方ではなく、これから寝屋に入る頃の春の夜空。

本当なら寒さが緩んだ頃の漢詩を選ぶ時期ですが、冷え切った矢野のおじさま、そして東北地方太平洋沖地震の被災地でも寒さが伝えられていました。

ふと李賀の「河南府試十二月樂詞·七月」を思い出したわけなのです。皆様のご冥福をお祈りしています。
/ 14:00 / 李賀 / - / - /
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