Life Style Concierge の プライベート版
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李賀 七夕
別浦今朝暗 羅帷午夜愁
鵲辞穿線月 蛍入曝衣楼
天上分金鏡 人間望玉鉤
銭塘蘇小小 更値一年秋

別れの浜は 朝だというのに この薄暗さ その夜の帳が下りる頃 この一人身を呪う
天に願いを届けるために 七つの針に五色の糸を通したあの日の月明かりの下
銀河の架け橋の鵲たちも その月へと帰っていく 
衣を日に干した高楼に 咲き終えた花びらが無残に散り舞い上がる
天上では黄金の鏡を二つに割る その上限の月を地上では玉の鉤だと眺めている
それをあの方の革帯を止める玉鉤だと眺めている
わたくし銭塘の蘇小は  この一年をまた迎えるのです

私はこの李賀の掛詞に関心があります。玉鉤は七夕の日の上限の月を示しながら、男性の革帯を止めた玉鉤の意味も込めている。

李賀はたんに美しい言葉を選んで詩をつくったのではありません。独自の視点を言葉に凝縮をしたからこそ、耽美、そして怪異で絶望的な幻想の詩が生まれたのです。

そうすると、この「七夕」は、年に一度の逢瀬の儚さを詠っているわけではなさそうです。

「革帯を止めた玉鉤を、はやくはずして抱いてくださいな」と切望している女性の性への執着を詠んでいるのではないでしょうか。

この詩で、蘇小小と名乗った女性は、李賀は「蘇小小の歌」でも彼女を詠っています。蘇小小は亡くなった両親の財産で暮らしていました。裕福で美しい蘇小小の周囲はいつも若い青年たちで賑やかです。こうして銭塘の名妓になります。

蘇小小は、李賀が詠んだように一人の男性を待っている女性ではなかったのですが、その生涯のうちに阮籍との恋愛があり、彼の父親に反対されて、待てども待てども阮籍と会うことができず、そのまま病に倒れる時期がありました。

李賀はその当時の蘇小小を、この「七夕」や「蘇小小の歌」で詠んでみたのでしょうか。

阮籍のあとも、多くの男性に愛され、賑やかな生活を送った蘇小小です。それでも結局は病で若くして亡くなります。

「銭塘蘇小小の墓」を建てたのは、蘇小小が科挙の試験を受けるという鮑仁に旅費を用立てたところから、蘇小小のお葬式に駆けつけた鮑仁によるものです。

別浦 今朝暗く
羅帷 午夜愁う
鵲は 線を穿つ月を辞す
蛍は 衣を曝す楼に入る
天上 金鏡を分ち
人間 玉鉤を望む
銭塘 蘇小小
更に一年の秋に値う

李賀 天上謡 はこちら
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